夢の終わりに

第 22 話


さーて、久々の風呂だと俺は思わず微笑んだ。先進国は不老不死の俺にとっては色々と問題も多いため、後進国をめぐることが多い。だから、シャワーが使える宿はそう多くはなく、濡らしたタオルで体を拭いて終わりということが多かった。それだって毎日じゃない。そんな生活をしていれば、体に匂いが染み付くのは当たり前だ。
徹底的に洗ってのんびり入るぞ!加齢臭とはおさらばだ!
そう思いながら頭からシャワーを浴びた。
ドアの向こうには信頼できる人間がいるというのも心強い。不老不死だとバレて追われたことがある。荷物を狙う強盗に襲われたこともある。偽造された身分証が命より大事な不死身の俺は、荷物を手元から離すことも、すぐに逃げられない状態に身を置くこともできるだけ避けてきた。でも、今日はそんな心配しなくてもいいのだ。
二人が入った後のお湯はいくらか冷めていた。暖かいお湯を継ぎ足している間、鼻歌交じりで体を洗っていると、ドンドンと浴室のドアが激しくノックされ、思わず心臓がすくみあがった。それと同時にノブが回されるが、ロックがかかってるため開けられない。なんだ?何があった?誰だこいつ?おいおいスザクとルルーシュどうしたんだよ!?

「リヴァル!リヴァル!ちょっといい!?」

ドアを叩きながら言っているのはスザクだった。おいおい、ドアを開けるのは中の人間が返事してからにしろよ、心臓に悪いな。鍵閉めててよかった。

「おう、どうした?」

こんなことでビビってるとは思われたくないおじさんは、できるだけ平静を装ってドア向こうに声をかけた。

「ちょっと開けて!」
「なんでだよ。俺は入浴中!おじさんにも羞恥心はあるんだぞ」
「いいだろ、僕たち男なんだし」
「まあそりゃそうだけどさ、何、ドア越しだと拙い内容か?」
「あー、うん。ちょっと出かけてくるからルルーシュ見張っててよ」
「は?」

出かけてくる?なんでまた?もしかして外にストーカーもどきが湧いたか?それにしては慌ててるようだけど?話をしている間に手早く洗い、泡を洗い流してから鍵を開け、ドアもすこしだけ開けた。
そこには不愉快そうに眉を寄せるスザク。
おお怖っ。

「ルルーシュが、ワインのつまみにチーズ買って来いって・・・」

店も指定されたという。

「うん?それでなんで見張るって話に?」

そう尋ねると、スザクは不安げにルルーシュを見た。
つられて顔を出して覗き見ると、ルルーシュはようやく着替え始めている所だった。ほんとどこもかしこも細いな、飯食ってるのか?病気じゃないよな?と心配になる色の白さと細さだ。

「・・・僕もリヴァルもいないなんて、危ないだろ」

危ない?危ないねぇ・・・確かに危ないけど、部屋のドア開けなけえばいい話だし、これからワインを飲むならルルーシュだって外に出ないでしょ?と思ったが、ちょっと引っかかった。

「・・・俺は風呂、お前は買い物って名目で部屋を追い出される訳か?」

あー成程、そうかそうか。これはたった今スザクがやった事とほぼ同じ状況になるんだな。
邪魔なルルーシュを風呂に押し込んで、こっそりやばい連中を片付けてきたスザクは、同じ事をされる可能性に行きついたわけだ。つまみが欲しいなんてもっともらしい理由をつけて自分をここから排除するってことは、その間にルルーシュが何かやらかすんじゃないか?と勘繰っているのだ。
店を指定してきたのも怪しすぎる。

「おーけーおーけー、ここを開けっぱなしにしながら風呂に入って、見張ればいいんだな?まったく、信用ないなルルーシュは」
「君は彼を信用してるの?」
「それって肯定?俺はそうだなぁ・・・会ったばかりだけど、信用したいって思っている。まあ、ちょっとばかしずれてる所があるから、その辺は心配だけどな」

特に、身の安全に関して。
スザクは納得いかないような顔をしたが、まあいいかと浴室を出た。

「じゃあ頼むね」
「おう、行って来い過保護なお兄ちゃん」

ようやくひそひそ話は終わり、俺は明るい声でそう言った。

「僕は過保護じゃないよ」
「過保護だろ」

おいおいまてよ、無自覚かよ?

「スザクは過保護すぎるんだよ」

ルルーシュまで呆れたように言った。
うんうん、昔ナナちゃんとロロを溺愛し過保護になってたルルーシュほどではないけど、それでも十分過保護だし、こいつが将来結婚して子供が出来たら、確実に子供にウザがられる親父になる事は確定したなと思う。
俺たち二人に過保護と言われたスザクは、「違うよ」と否定してから部屋を後にした。

「んで?ルルーシュ陛下の護衛兼監視を騎士殿に命令されたのですが、困ったことに自分は今全裸なので出来ればお風呂にゆーっくりと入らせてほしいんですがどうでしょう?」

いくらもう夏とはいえこのあたりの気候は涼しいから、このままではちょっといただけない。まあ、風邪をひいてもすぐ治るんだけど、その間にうつす可能性があるから、馬鹿な真似はしたくは無い。

「入ればいいだろう?遠慮するな」

そういいながらぴしっと身だしなみを整えるので、おいおい出かける気かよと焦った。こりゃスザクじゃないが心配だ。

「なになに、俺たち置いて出かけるつもりか?」
「出かけるだろう?食事に」
「あー、でもそれってワイン飲んで一息ついてからだろ?」
「いい店がないか先に物色してくるよ」
「駄目駄目!一人で出かけるのは絶対駄目だ。あとコートと帽子!その格好は駄目!」

何のために新しいのを買ったんだよと文句を言うと、ああ、そういえばそうだなと掛けられていたコートに目を向けた。忘れてたのかわざとなのかわからん。

「風呂にはきっちり入れ。冗談抜きで臭うぞお前」
「じゃあゆっくり入って汗流したいから、荷物から手を離して、そこの椅子持ってここに来い」
「・・・なんでだ?」
「ここに来て俺の話し相手になれ」
「別にそこじゃなくてもいいだろ」
「いんやだめだ。お前絶対何かしでかしそうだもん。おじさん心配で禿ちゃうよ」
「ああ、お前禿げそうだよな。特に額のあたりから」
「ノー!!!止めて!リアルな話は止めて!」

俺の悲鳴に、ルルーシュは声を出して笑った。

「わかったわった。まったく俺は今までずっとひとり旅だったんだぞ?一体何を心配しているんだ」

ルルーシュは椅子を持ってきて、浴室のドアの前に椅子を置き座った。うーん、これで安心と言いたいが、美人に風呂を監視されて入るのは落ち着かない。大浴場とかで男同士で風呂に入りなんてよくあるけど、なんかルルーシュ相手だとそのよくある枠に当てはまらないんだよな。とりあえず浴槽につかり深呼吸する。これはチャンスだ。おっさんが若者に説教するチャンス。

「いーかルルーシュ。今まで無事だったからって今後も無事とは限らないだろ?大体な、俺たちも十分怪しい人間なのにあっさり信用して同じ部屋に泊めるとか、危機意識足りな過ぎ。善人ぶって近づいて、ルルーシュを美味しく頂こうとしてる狼かもしれないんだからさ」
「俺を?おいしく?カニバリズムはそう多くないだろう?何を心配しているんだお前は」
「ちっがーう!人肉なんて食べないし!俺そんな話してた!?」
「俺を美味しく食べると言っただろう」

キョトンとした顔で聞いてくるんですが何ですか、天然記念物ですか?いやいやいや、お前襲われてただろ男に!絶対女に襲われた事もあるだろお前!それでその反応とかおじさんの予想を大きく超え過ぎて既にキャパオーバーです!
いや待て俺。ルルーシュはいいとこの坊ちゃんだ。世間知らずだ。今まで悪運で無事だっただけで、襲われた理由も実はわかっていない可能性もあるんじゃないか?まじかよ。これ当たりだったら俺天才じゃね?と本気で混乱しながら恐る恐る尋ねてみる。

「なあルルーシュ、ちょーっと教えてほしいんだけどさ」
「なんだ?」
「お前さ、男に襲われてたよな?んで、スザクが助け出したわけだけど、あれって意味解ってる?」
「意味?」
「そ、襲われた意味」
「意味も何も、物取りと・・最悪の場合は誘拐が目的だろう?」

臓器の密輸なんかで人身売買は裏で行われてるしな。そんな当たり前のことをなぜ聞くんだお前は?と心底呆れた声で言われ、俺は思わず湯船に沈んだ。呆れたのはこっちだよ。待ってホントに待って。何?何なの?今まで何度も暴漢を撃退したって聞いてるけどさ、それってあれかい?物取りに襲われたと判断し、撃退してたって?おじさん金的を放電させた靴で踏みつけて全員再起不能にしてたって聞いたから、強姦目的のやからだって理解したうえでやってるんだと思ってたよ?え?まじ?まじで?
沈めてた体を、勢いよく起こすとお湯はザバアッと音を立てた。

「お前大丈夫か?疲れてるんじゃないか?」
「・・・大丈夫じゃないけど、いや体は大丈夫だけど、おじさんどう言っていいかもう解らないよ」

これは何処から手をつければいいんだろうか。まて、俺たちは物とりでは無いと判断したから受け入れたのか?うわーやべー!絶対やばいって!何その判断基準。

「なんだ?悩み事か?俺でよければ相談に乗るが」
「相談に乗ってほしいのは山々だけど、おじさんの悩みはルルーシュ君にどうやったら現実を理解してもらえるのかって事だから」

なんだろう、こいつを言い負かす頭がない自分に泣きたくなってきた。

「何を言ってるんだお前?熱でもあるんじゃないのか?」

本気で心配し始めたルルーシュには悪いが、ここはスザクの協力を得て二人がかりで説教タイムだ。酒を飲みながらと心に決め、スザクが戻ってくるのを待つことにした。

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